最高の決断

私はこれまでの人生で何度も転職を繰り返してきた。

しかしその度に迷い、決断をしてきたのかというと、実はそんなことはない。

辞めたい気持ちが募ったら辞め、次の働き口を探せばいいだけのことであり、私にとって転職は自分の人生を揺るがすような大きな出来事ではなかったのだ。

 

ひとつの会社で3年以上働かないと転職するのは難しいなんて誰が言ったのだろう。

私は特に雇用形態にこだわりがなかったおかげか、毎回の転職で大手企業に就職してきた。派遣社員のときもあれば契約社員のときもあり、もちろん正社員としても働いた。

私は人々がなぜ、正社員という枠にこだわるのか理解できない。職を転々とすることがなぜ悪いのか、何にとってデメリットなのかもまったくわからない。

人生が一度きりなのに対し、仕事もひとつだけしか経験できないなんて損だとすら思う。私は自分が生きているうちに、自分が興味のある業界は見てみたかったし、働くというのはそういうことだと思っていた。

某テーマパーク、マスコミ、有名セレクトショップ、ファッションECサイト、本屋など、とにかく自分が興味のある場所に身を置いた。

正社員でないと賞与がないとか退職金が出ないとか、そういうことはどうでも良かった。人生のうちのほとんどの時間が仕事というものに奪われるのに、60、70歳まで働いてようやく受け取る金額不明の退職金のために何十年も縛られるくらいなら、それは要らないからもっと自由に働きたいという考えで生きてきた。

 

どの仕事を辞めるときも、退職理由は「次に行きたい」「別の仕事も見てみたい」というものだった。

私はある程度仕事ができるようになったら飽きてしまう。飽きると言っては印象が悪いが、好奇心旺盛なタイプなのである。

どの職場でも一通りの仕事を覚えてこなせるようになったら、その後は必ず昇格した。新人教育やチームリーダーなど責任のあるポジションを任されるようになり、派遣なら直雇用への誘いがあったし、契約のときは正社員登用の試験を受けないかと声がかかった。しかし私は会社という組織の中で上り詰めたいと思うことはなかった。そんなことにはからきし興味がないのだ。

だから私が転職を決めるのはいつだって好奇心からだった。会社が「ブラックだったから」「人間関係が大変で」という理由で辞めたことは一度もない。

 

私は小学生のときに物書きになりたい、それを生業にしたいと思った。

小5のときには「ネバーエンディングストーリー」というタイトル丸パクリのSFでもなんでもない恋愛小説をしたためていた。

しかし子供の頃から好奇心旺盛だった私は、その後安室ちゃんに憧れ歌手になりたいと思うようになり、女優になりたい、アパレルブランドを立ち上げたいなどと様々な夢を抱いては散らしていった。それでも物書きになりたいという目標は、常にいつも自分の根底にあり、誰にも言わずひっそりと長年自分の中に温めてきた。 

 

私はいつか「書く」ことができるその日のために仕事をしてきたのだといえる。転職の数だけそこには「それぞれの社会」があり、それらのすべてが自分の人生の経験値を上げてくれた。世の中のことを様々な角度から見ることができるようになり、いろいろな人がいて、いろいろな考え方があることを痛い程に感じさせられた。 

仕事をする中で悩むことや苦しいこと、考えることはたくさんあったが、迷い決断するというほどのことはなかった。 冷静に考えれば答えは出せたし、どうしても自分では解決できないときには誰かに頼ればいい。理不尽なことにも幾度となく遭遇したが、それを受け入れなければいけない社会だと飲み込む必要さも学んだ。

人間関係で悩んだことはほぼない。「人の悪口を言わない」ことと「職場のグループLINEに属さない」ことを徹底すれば、だいたいはうまくやっていける。

 

気付けばそうして10年程過ごしたが、同じような考え方の人にはほとんど出逢うことはなかった。しかし幸運なことに似たような感覚の持ち主である夫と出逢い、私たちは交際半年で結婚した。

現在は夫婦で海外生活をしている。結婚も海外へ行くことも特に迷うことなく、ごくごく自然の流れで決めた。

 

海外生活のスタートは想像していたものよりもしょっぱかった。シェアメイトに裏切られたり、人種差別を受けたり、物価の高さに貯金が底をつきそうになったり、日本人に法外中の法外な賃金で働かされたり…日本の社会では経験したことのない出来事が次々に降りかかった。

でも、なんとかなった。

というか、なんとかしてきたのだ。

私たち夫婦はこれまで散々いろいろな社会を見てきた。だから少々のことでは怯まない。

夫は若さ・ルックス・度胸・行動力・体力担当、私は愛嬌・客観視・冷静沈着・理詰めの口喧嘩担当だ。怖いものはない。ふたりならなんでも乗り越えられると思う。

 

そんな中、ついに私の人生の中で「迷い、決断するとき」が訪れた。

私が語学学校の課程を修了し、その後働くかどうかを決めるときのことだ。

当初の予定では、まずは英語の勉強に専念ししばらくしてから働くつもりだったのだが、残念ながら私の語学力は現地の仕事に就けるものとは程遠かった。日本人によくあるタイプの、「文法は理解したけど喋れない」現象を人間の形に表したのが私である。

ということは日本語を使う仕事をするという選択しかなかった。

日本語を使って働くのであれば、海外にいる日本人に雇われるのではなく、日本にある企業に拾ってもらいたかった。恐ろしく安い賃金でこき使われるのはもう御免だ。

海外在住OKのリモートワークを探し、気になる求人3件すべてにコンタクトをとってみた。

1社目は記載されていた募集要項と条件が違うことが判明し辞退した。2社目は日本全国応募OKのリモートワークで、海外OKとは一言も書いてなかったがダメ元で受け、最終で日本在住者に負けた。そして3社目、web面接の後「ぜひマネージャーとして採用したい」という返事をもらうことができた。働くことの多様化を感じた瞬間だった。

しかし嬉しい気持ちとは裏腹に、本当にそれで良いのかという思いが駆け巡った。

ここにきて迷いが生じてしまった。

というのも私の本心としては、そろそろ書くことを仕事にしたかったのだ。

もしここに決めたら何度目の転職だろう。私はまた何年も書くことを先延ばしにするのだろうか。

海外に居ながら手にしたマネージャー職はもちろん魅力的だ。挑戦したい気持ちもある、給料も保証されている。

「仕事をしながらでも書くことはできる」と思う自分と「書くことを仕事にしたいからほかのことでは働きたくない」という葛藤の中で、揺れた。

 

夫に相談すると「稼げる稼げないはいいから、書くことに専念するべき」と言ってくれたが、そんな神対応をされても尚、決断できない私がいた。

海外生活は決して楽なものではない。都内に住んでいたときの倍の家賃を払い、私の学費もかかり、いつ切られてもおかしくない仕事をして、妻は専業の物書きなんて。そんなことが許されるのだろうか?

ひとりで生きてきたときには、こんな風に大きく大きく揺らぎ、迷うことなんてなかった。すべては自分だけに降りかかることだったから。働かなくて困るのは自分、お金がなくて欲しいものが買えないのも自分。

でも今は、ふたりで生きている。そこだけが今までと違う。たったそれだけのことなのに、こんなにも人は迷うのだと知った。

 

そして決断する。「私、書きたい!」

この決断は夫のこの言葉によってできた私の覚悟である。

「もし君がまだひとりで生きていたなら、この迷いは生まれなかった。君はまだ社会を知るために働いたと思う。だけど今は、書くことを選ぶことができる。ということは、もうそれをスタートさせる時期がきたということじゃないかな。」

 

私たちはお互いの夢を支え合い、お互いが高め合える存在になるために結婚した。安定した生活や温かい家庭を望んでいない。それが普通だろうが変わっていようが関係ない。

私たちはただ、その先にある知らない世界が見たいのだ。

結婚してふたりになって、初めて迷って、初めて大きな決断をした。

でももしかしたら、ごく自然に迷うことなくしたと思っていた夫との結婚が、私にとって最高の決断だったのかもしれない。